軍艦島上陸クルーズ

2015年10月26日(月) 17:07

日本発信四方山話, 長崎

GUNKANJIMA CRUISE: Mitsubishi Corporation purchased the island in 1890, and started full-scale mining. It developed rapidly, and brought more than 5,300 people living on such a small island in 1960, which was said to have the world’s highest population density. It became uninhabited in 1974 because of the closure of the coal mine, and the ruined island is now known as a part of “Industrial Heritages for Modernization in Kyusyu and Yamaguchi.”

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録された“端島炭鉱”いわゆる“軍艦島”に上陸してきました。

 

[1] 軍艦島が見えてきました [2] 岸壁横付けで上陸です [3] 日本最古の鉄筋コンクリートAP

島影が戦艦“土佐”に似ていることから“軍艦島”という俗称がついたのだそうです。午後のツアーに参加しましたところ、島に到着する頃には思いっきり逆光でしたが、むしろ余計に軍艦っぽく見えたかもしれません(写真[1])。島には、船舶の着岸を助けてくれる突き出た桟橋がありません(写真[2])。ほぼ“岸壁に横付け”です。潮の流れを見ながら船長が手練の早業で横付けしてくれました。ここまでいってやっと上陸が約束されるというリスクの高いツアーなのです。海はそれほど時化ていませんでしたが、船上は十二分な揺れでした。というか着岸のタイミングがもっとも揺れるのだった。

 

[4] 子供達が楽しんだプール跡地 [5] 鉱山の中枢 総合事務所跡 [6] 坑夫たちが上り下りした階段

島内はガイドさんの案内に従って、決められたエリアのみの見学になります。1916年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造の高層アパート(写真[3])や子ども達が水泳を楽しんだプールの跡地(写真[4])、日照りが続いたことですっかり白くなってしまっているレンガ造りの建物は、鉱山の中枢を担った総合事務所の残壁だそうです(写真[5])。その事務所から続く廊下の先に残っている階段がとても印象的(写真[6])。坑夫たちは、この階段を昇った先で厳重な身体チェックを受けた後、エレベータを使って実に600メートル以上をくだってから採掘作業にあたったのだそうです。厳しいお仕事ですね。そうした方々のご苦労が日本の近代化を支えたことは間違いありません。そのご家族も、小さな島にまるで閉じ込められるような生活、さぞ大変だったことでしょう。プールの水はとうぜん海水。お風呂も真水は上がり湯だけという厳しさです。1957年にやっと対岸の三和町から海底送水管が敷かれて給水制限はなくなったそうですが、その給水管の残骸が島のあちこちでむき出しになっていました(写真[7])。

 

[7] 給水管の残骸があちこちに [8] ススキがもの悲しい… [9] 軍艦島上陸クルーズ

このおよそ63,000平方メートルという小さな島に、最盛期には約5,300人もの人々が暮らしていたそうです。すごい人口密度。“緑なき島”と言われた場所に繁茂するススキが哀愁を誘います(写真[8])。

ところで、私たちが参加したのは軍艦島上陸クルーズ(写真[9])というツアーでした。旦那の事前リサーチに基づき、乗船後は二階席の右側をゲット。軍艦島へアプローチするときに右側のほうが写真を撮りやすいからということで。で、希望どおりの座席を獲得し、ご満悦でクルーズスタートしましたが、途中で立ち寄る高島にて、全員有無を言わさず下船させられるという…。最初の場所取り何だったんだっつーの(笑)。ということで今後このクルーズに参加される皆さん、高島で再乗船するときの場所取りこそが肝心です。ガンバッテください。ついでに言っとくと、眺めの良い席ほど濡れます。波がザッパ~ンときます。ご準備ください。