関ケ原古戦場へ

2023年03月24日(金) 13:36

日本発信四方山話, 岐阜
SEKIGAHARA BATTLEFIELD
The renowned battle of Sekigahara took place on this site in the year 1600. You should not miss the experience-based facility which makes use of all the latest technology to give you a firsthand experience of this historical event. This Memorial Museum is temporarily restricting the number of visitors and admission procedures, so the reservation to the exhibition is strictly reccommended. It's surprisingly popular thanks to the NHK historical drama that's been on the air this year.

岐阜関ケ原古戦場記念館が、大河ドラマの余波でめっちゃ混んでいるという可能性をまったく考えずに行ったら、めっちゃ並んでいて仰け反った笑。それにしても記念館の建物が立派でしたー。

天下分け目の戦いを俯瞰してみる「グラウンド・ビジョン」で両陣営の配置や規模、決戦当日の動きなどを予習し、つづく「シアター」で戦場の地響きを体感しながら東軍が圧倒的勝利を収める様子を再確認するという体験型展示は現在予約制です。開館とほぼ同時に到着したのでなんとか当日札をゲットすることができましたが、昼過ぎにのんびり行ったら、たぶん見逃すことになります。これから行く方はご用心ください。ちなみにそれらの映像、関ケ原の戦いの様子をとても簡潔にわかりやすく伝えてくれるのでおすすめ。見たからこそわかるし書ける合戦のポイントは次のとおりです。

  • 井伊隊の抜け駆け発泡
  • 先鋒のはずだった福島隊による一斉射撃(一応これが正式な開戦ということになり、その地に開戦地の碑がありました写真[1])
  • 黒田長政は裏でこっそり小早川秀秋を調略(良い仕事したんだぜ!アピールをして子孫を守ろうとした長~い遺言状が記念館で見られます)
  • 寝返る予定の小早川隊がなかなか動かず焦った家康が陣をジリジリと西へ動かす
  • 家康の無言の圧力に耐えきれず小早川秀秋が徳川軍に加勢することを決意。その結果、大谷隊が壊滅(石田三成の盟友で、病を患いつつも出陣していた大谷吉継は陣地にて自害)
  • 盟友吉継を失った石田三成が諦めて逃げる(写真[2]の左奥山腹に旗が見えるところが石田陣地。この距離ではもう逃げるしかない)
  • 家康が最後に陣を張った場所(床几場)にて首実検(写真[3])
[1] 関ケ原の戦い開戦地 [2] 石田陣営手前の決戦地 [3] 首実検が行われた場所

関ケ原の戦いの最後のポイントは決着がついた後にやっと徳川秀忠の軍勢が到着(つまり大遅刻)というところだと個人的には思うのですが、記念館ではまったく触れられていませんでした。いなかったのだから、登場するわけがない笑。それでも次代の将軍になるわけで、身内贔屓も甚だしく、血縁じゃないのに豊臣への忠義を貫く石田三成とかやっぱりスゴイなー(知らんけど)。

というわけで、いつか一度は行ってみたいと思っていた関ヶ原へ行けました。明日からは、周辺の城巡りをご案内します。